2013年8月9日金曜日

飲食業などの従来型の産業とハイテク及びネット産業の本質的な違いは何か

起業に関する記事と言えば、ネット界隈の記事しか見ない昨今である。参考になるので定期的に読んではいるが、飲食などの従来の産業とネットの違いは何だろう、ということを考えていた。産業が違っても共通に通用することと、そうでないことを見極める必要があるからだ。これを「独占的レント」という概念を使って説明してみたい。

クルーグマンがProfit without productionという記事を書いていて、下記のように言っている。
The most significant answer, I’d suggest, is the growing importance of monopoly rents: profits that don’t represent returns on investment, but instead reflect the value of market dominance. Sometimes that dominance seems deserved, sometimes not; but, either way, the growing importance of rents is producing a new disconnect between profits and production and may be a factor prolonging the slump.(最も意味のある答えは、ますます重要になってくる「独占的レント」である、ということだ。利益は投資に対するリターンを表しているのではなく、市場における占有度を反映している。その独占は相応の価値のある場合もあれば、そうでないときもあるが、どちらにしても重要度を増す独占的レント(*1)が「利益」と「製造」の間に新しい断絶を生み出しており、それが長引くスランプの原因になっていることも考えられる。)



ネット系企業の成功はまさにこの「独占的レント」によってもたらされてきた。アメリカのネット企業の営業利益ランキングなどをみると(2011)、莫大な利益を産んでいる企業は実は数社にすぎないことがわかる。1000億円以上の利益を上げている企業は、2011年決算でマイクロソフト、アップル、グーグル、イーベイ、アマゾンの5社にすぎない。

飲食業とウェブサービスを比較して考えてみると、ウェブサービスという業態が収益性の面でいかに優れているかがわかる。あくまで成功すれば、だが。物理的な制約を超えていくウェブサービスは従来型のビジネスモデルが持っている弱点を見事に超えていく。

しかしだからこそ、逆に従来型のビジネスモデルが持っている強さを活用することができない。それは何かというと、「独占的レントが発生しにくい産業における成功確率の高さ」を失ってしまっている、ということだと思う。何かを「高い」という時、それは相対的に「低く」みえるものとの比較で成り立つわけなので、言い換えると「ネットがなかった頃の事業の成功確率よりも、ネットの事業は成功確率が低くなっているかも知れない」という方が適切な言い方かもしれない。

独占的な市場の支配によって「独占的レント」を生み出すことがひとつの成功モデルであれば、逆に考えると市場を独占する数社に入れない、より多くの敗者が発生するということだ。ネットの起業家を賞賛する記事には、勝者側の成功談がたくさん載っているが、その背後にたくさんの敗者がいるはずだ。同様のことが従来型の産業にも言えるが、例えば創業から10年後の生存確率を成功確率とした時に、これがネットよりも高めになっている可能性がある。(これはあくまで仮説なので何らかのデータを触って調べてみたいところだが、今の私の本分はこういうことに時間を使うことではないので、やめておく。)
ネットビジネスの成功確率の低さの理由を「参入障壁が低いから」ということに求める言説をたまに見るが、それよりもネットという産業の構造的な問題から起きていることなのかもしれない。

しかも、勝者の成功は多分に運に左右されていることも多いように思う。7月22日付けThe Economistの"The lucky-take-all society"(ラッキーな人が全てを総取りする社会)という記事のネーミングは同様の意味を持つ"Winner take all"よりも、より現実を表しているように思う。

では従来型産業の一つである飲食業ではなぜ「独占的レント」が発生しにくいのだろう。

<飲食業で「独占的レント」を得にくい理由>

1.  物理的な制約がある
おなかが空いたり、忙しければ、いかにおいしくともわざわざ遠くのお店まで行かなくても、近くでさっさと食べてしまいたい。つまり、好き嫌いより距離の方が意思決定に大きな影響を与えることも多い。「飲食においては立地が全て」と言う人がいるのもうなずける。だから立地の意思決定については交通量調査が必須だ。人通りが多くて家賃が高い物件を選ぶ場合は、マーケティングコストを上乗せして支払っているのと同義なのだと思う。

物理的に「そこにある」ということが重要なのであれば、あるお腹が空いた人がいた時にどのくらいの距離にそのお店は存在すべきなのだろうか。ランチでいうと感覚では500メートル圏内、ということが多いように思う。ちょっとがんばって1キロ圏内か。そうなると世界中全てを500メートル徒歩圏内で網羅する店舗網をもつことは不可能なので、そこにはいつも独占的レントを狙いやすい大手企業がいない空間が存在する。

2.  一つ一つの購買意思決定が頻度高く起こる
これが起きる理由の一つが購買額が安いことだ。300万円の車を買うのに比べて1回の食事の購買意思決定額は非常に低い。低ければちょっと面白いものを見たときに試しに買ってみる、という行動を起こしやすい。
ふたつ目の理由は、習慣により1日に3回の何らかの消費が規則づけられていることだ。私達は食べないと生きていけないわけであるが、3度に分けて食べなくても死ぬ事はない。けれど朝、昼、夜と3回に分けて食べることはなぜが習慣として根付いている。昼食については多くの企業で1時間の休憩時間の取得が規定上義務づけられており、仕組化されている。ウェブサービスのように、そのサービスの効用を知ってもらうためのマーケティングコストはほとんどかけずとも、消費者は食品を買ったり飲食店に足を運んだりすることを習慣として持っている。食べ物を並べてそこに人が立っていれば「何らか食べられるものを売っていて、それがどんな味がするのか(あるいはおいしいのか)は不明だが食欲は満たすことができる」ということが自動的に消費者にわかるということは、すごい事だなあ、と思う。

購買の意思決定の数が多いということは、相対的に弱い会社でも「試しに」選んでもらうことができる場合がある、ということだ。購買頻度が年に1回しかなければ、マーケティングコストがかけられる大企業か、あるいは高い能力を持つことに定評のある会社が有利になる。もしその品物が高ければ失敗したくない、という真理が働くので信頼のある会社を選びたくなるし、安ければあまり考えることに時間を使いたくないのでとりあえず目の前にあって、用は足せる物を買う、という意思決定をすることになる。
また、購買の意思決定の数が多いということは、その度に意思決定をこちらに向けるチャンスがある、ということでもある。

3.  ハイテク産業と比べて、技術の難易度が相対的に低い
量子コンピュータを作るのと比べて、飲食業には博士はいらないし、大層な設備もいらない。技術力やその蓄積で勝負をすることが難しい。

それは新規参入がしやすい、ということでもある。また結果として優れたアイディアや工夫の数の多さが勝負になる、ということでもある。そして出したアイディアを高度な科学技術などなくても作れてしまうところに、ベンチャーに有利な部分もある一方、すぐに真似をされてしまうということでもある。

4. 食品独特の、製造方法に対する人々の指向性
この記事食品の「経済的な価値」と「生物学的な価値」のギャップが発生する理由でも書いたこととも関連するのだが、食品には現状の仕組みにおいてはどうも大資本での大規模経営に対して、消費者が不信感を持ってしまうような要素があるような気がする。「手作り感」や「家族的な経営」のようなものが価値を持つ商材は他にもあるが、食品は特にそうであるように思う。この要素は大企業のマーケティングでもよく利用されている。たとえば「カントリー●●●」という名前のお菓子などはまさにその効用を狙っている。

この要素は、飲食業のベンチャーが自然に持っている要素でもある。この点においては大資本よりも小さな業態のほうが有利だ。

以上の理由により、飲食業というのは極めて「プラットフォーム化」しにくい業態だ。結果として顧客にとってのスイッチングコストがとても安い業界なのだ。これはチャンスでもあるし、スケールするにあたっては難しさでもある。
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*1: In economicseconomic rent is an analytic term for the portion of income paid to a factor of production in excess of that which is needed to keep it employed in its current use. Economic rent is unrelated to and should not be confused with the more common term rent; a payment for the temporary use of a good or property.(Wiki)

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